怒りをコントロールするには悲しみを認識することから

なんか、どんどん夏になってきまして。季節が。虫さされもひどくなってくるし。はやく冬、こないかなーって思ってますう!

 

冬が好きなんです、重たくて暖かい布団でぬくぬくしたい。

 

[voice icon=”https://fujitamasayuki.net/wp-content/uploads/2017/01/masayuki2017.png” name=”まさゆき” type=”l”]こんにちは、藤田です^^[/voice]

 

今回は、先日、久しぶりにまじでぶちぎれることがあったので、怒りについて思うところを書いてみる記事になります。

 

怒りをコントロールするには悲しみを認識することから

 

最近は慣れてきたんですけど、「あれー、まだこんな怒りが腹の底に眠ってたんか」って思うことがあります。で、だいたい、怒りが出てくるところの根っこには悲しみがあるんですよねー。

 

欲求と抵抗という側面から感情を口にするようにすれば、悲しみとして捉えられるようになってきます。おすすめなんで、やってみてください。

 

(例)欲求と抵抗という側面から感情を口にするようにする

 

怒り:「あいつ、まじでむかつく、ふざけんな」

 

欲求と抵抗という側面に変換する:私は相手にどうして欲しかったのか、どうして欲しくなかったのか。

 

悲しみ:私はあの人に、もうすこし適切に言葉にしてほしかった。なんども伝えたのだから、伝えた分だけ、それに応えて欲しかった。何度も伝えたのに、わかったとうなづいてくれたのに、なにもわかってくれなかったことが悲しい。

という風な感じになります。

 

 

怒りは「コントロールする」のではなく、適切に認識する

 

ここですこし、本当に言いたかったことを言いますが、

 

怒りは、コントロールしたり、コントロールしようとするのではなく、適切に認識することで、結果的にうまくコントロールできるようになってくる、ということになります。

 

最初からうまくやろうとしない。それよりもまずは、その怒りの根がいったいなんであるのか認識することの方が先です。

 

 

怒りを適切に認識すれば、自分も相手も傷つかない

 

「悲しみ」を読んでもらえたらわかるとおもいますけど、悲しみは言葉に出しても一切、相手を傷つけるような言葉にはならないですよね。

 

身体的反応をしっかりと見れて、それを「私」から適切に言葉に出来る人は、むやみに人を傷つけることはないんですね。はっきり言いますが、身体的反応を見れてない人だけが攻撃的になることができます。

 

正直さを求められるので、嘘つきだったり、素直になれない人は、悲しみまでたどり着くことはなくて、攻撃になっちゃいますね。

 

怒りをコントロールせずに、そのまんま表現すること

 

ただ、安全な環境で、信頼しあえる人なら、爆発する怒りから表現しても問題ないと思いますし、それが力になることもあるので、一概にはいいとかわるいとかいえないです。

 

それに、ぶっちゃけ、反応してしまったらそれをみていくなんて時間がないことも多々あるわけなんです。

 

「はあ???ふざけんじゃねーぞ、まじで」って思うことって、生きてりゃそりゃありますから。

 

「いい」とか「わるい」とかを簡単に決めずにいきてくっていいとおもいますね。だいたい、「いい」ことが一個生まれたら、「わるい」ことも一個生まれてると思った方がいいんじゃないかなって。

 

その際におすすめなのが、「感情をそのまんま表現することへの抵抗」をなくしていくってことです。

 

感情をそのまんま表現することに抵抗がない人って、わりと幸せにいきてるように思えるんですね。それに、その方が人に好かれるみたいなんで、おすすめです。ぼくも感情を素直に表現している人って好きです。

 

反応しまくってることが幸せかと言えば、それもよくわからないことです。穏やかではないわけですから。それに外的な要因のせいにすることが賢いことだとも思いません。

 

でも、もし、「反応することや、感情を表現することに罪悪感を感じている」なら、話はまったく異なってきます。それは大きな苦しみに繋がってきますので、解消した方がいいでしょう。

 

多くの場合、

  • 子供の頃にそのまんま感情を表現したら暴力を振るわれるなどの危険にあったことのある人
  • 子供の頃に感情を表現することを抑圧して親に従った経験のある人

これらの人は、感情をそのまんま表現することに罪悪感を感じやすいため、その罪悪感が人生を不自由にしている可能性があります。

 

 

コントロールできない怒りは家族関係からきている

 

怒りや悲しみは、さらにみていくと、家族関係にまで繋がっていきます。

 

これはぼく自身の話ですけど、みていけばみていくほど、ほぼすべての感情が家族関係に繋がっていきます。「すべての人間関係は子供の頃に培った家族関係を繰り返してる」っていう言葉には、信ぴょう性があるようにおもえるのです。経験上。

 

だから、反応してしまったとしても、怒りや悲しみを人のせいにはできないですね。

 

結局、幼少期の頃の家族関係のフラッシュバックなんですもん。

 

目の前の人のせいにはできないなあって思います。

 

どれだけの人が幼少期の頃の家族関係を繰り返しているのかって思うと、そこには大きな悲しみがあるような気がしますね。

 

 

まとめ

 

怒りをコントロールするには、悲しみを認識することから、という記事でした。

 

悲しみの認識の仕方は、欲求と抵抗という側面から感情を口にすること、でした。

 

参考までにどうぞー