ぼくが尊敬している人と特徴や理由を書いてみた。

こんにちは、ふじたの世界の藤田です。

今回は、ぼくが尊敬している人について書いてみます。

尊敬している人っていますか?

あなたには尊敬している人がいますか?

人のことを尊敬するって気持ちの良いことです。他者の中に美しさや尊さを発見することは、人生の楽しみの一つであると思います。

藤田が尊敬している人の特徴

人間的に素晴らしい人であること

この記事を書いていて思ったことでもあるんですが、まず第一に、『とにかく人間的に素晴らしい人だ』ということが挙げられます。

どんなに卓越した技能や実力を持っていたとしても、どんなに素晴らしい実績があったとしても、人間的に素晴らしい人じゃないと、少なくともぼくは尊敬しないんだなと感じました。

『人間的に素晴らしい』というのは主に4つの要素です。

1、寛容さ
2、思いやり深さ
3、他人が行っていることに対しての理解力の深さ
4、安心感

といった要素です。それも表面的なものや見せかけのものではなくて、にじみ出てくる感じが好きなんだなって思いました。これはあくまでも「みんながそう思う」のではなくて、ぼく自身がそう感じるという主観的なものなので、ご了承ください。

『結果』は、ある程度継続してやり続け、できるまでやれば、相応のものが手に入ります。特定の結果を手にする力や、継続力、忍耐力、努力はもちろん大事です。

『手にするまでやる』と決めているのならば、結果は手に出来ます。

では、どうせ結果を手にするのであれば、その過程で『どのような人間であるか』ということを大切にしていきたい、と、ぼくは考えています。

独自の意見を持ち、他者の意見を興味深く考察できること

その人なりの意見を持っている人を尊敬しています。自身のビジョンと、『私はこう思う』という意見を持っている人ですね。

そして、その意見を基準にして、「正しい」とか「間違っている」ということではなく、自分とは違う意見を興味深く考察できる器の大きさがある人を尊敬しています。

一つ以上の技能に長けていること

人間性や独自の意見に加えて、技能や能力がある人を尊敬しています。

それは「多くの人に認められているかどうか」といったことはあまり関係がありません。「ぼくがすごい技能を持っているか持っていないか」という主観的な判断によるところです。一般的なところでいう成功とか、実績、名誉などではないところで尊敬するかどうかを決めています。

尊敬している人とその理由

これから尊敬する人と尊敬する理由を書いていきます。それはあくまでも「ぼくが勝手に感じている印象」であるということをご了承ください。極論を言えば、ご本人とは何も関係がありません。ご本人にご迷惑がかからないように最初に述べておきます。

ピアニストの長田舞子(木山舞子)さん

piano

ユーモア、あたたかさ、柔らかい人当たり、人に優しいところ

彼女の発言は、ユーモアがあってあたたかいです。面白いことが好きで、興味深いことが好きな印象を持っています。

お会いすれば、人当たりも柔らかくて、優しい人です。人間ってにじみ出てるものがあります。「いろんなしんどさを知ってるからこその人間的な暖かさ」みたいなものを長田さんからは感じます。例えば、レッスン生を暖かく辛抱強く見守ってレッスンしている風景が容易に思い浮かぶ人です。

シビアな目線な持っているところ

めちゃくちゃシビアな目線を持った人でもあると思います。やはり、なにかを長年続けてきて、相応の能力や実績を築いてきている人です。人からの信頼や期待に答えてきた誠実さを感じています。

それでも、だからこそ、人に優しい人なのだと感じています。

多くを語らないところ

ピアノに関して、「多くを語らない人なのかな」という印象を持っています。いろんな技能のある人を見てきて、卓越した技能のある人の多くはそういう人が多いですね。姿勢、態度、演奏を聴いて欲しいと思う方なのかもしれません。彼女もまたそのような人の一人だと思います。

個人的には、プロの視点って非常に勉強になることが多いので、もっと知りたいと思っています。セミナーなどがあるのなら、その経験談や、お話を聞いてみたいものです。

かっこいいところ

それと、めちゃくちゃかっこいい人です。ピアノを弾いている時と、弾いていない時の雰囲気が本当に違って驚きます。コンサートやリサイタルに行って、それを感じてみてください。

樋口紀美子先生の門下生であるところ

長田さんのピアノの先生の樋口紀美子先生のコンサートに行ったことがあります。長田さんのこともそのコンサートで知りました。

樋口紀美子先生も本当に素晴らしいピアニストです。とくに樋口紀美子先生のピアノは凄さの奥深さが計り知れないほど凄いというか。「聴いている」のに、「内から起こってくる」感じがするのです。そんな経験は初めてでした。抽象的ですが。

樋口先生のお弟子さんでいるってことも、めちゃくちゃ凄いことだと思うんですよね。樋口先生のお弟子さんには、本格的にピアノの道を歩んでいないとなれません。なにを見て、どのように感じているのか、その視点が非常に興味深い。

お二人のプロフェッショナルさに触れて、なにか一つ以上のことでプロフェッショナルとして活躍されるのは、本当にかっこいいことなのだと再確認しました。何度でも聴きたいですし、これからも応援しています。

フランスに10年留学していた経験を持ちますし、実績と実力、人間性ともに素晴らしい人なので、ピアノを習うなら長田さんがおすすめです。

長田舞子さんのブログ「ピアニストMaikoのブログ ~ Comme un rosier fait des roses~」

友人の岩本勝志さん

岩本勝志さん(あだ名:がんちゃん)との出会いは、20代前半に知人のセミナーに出向いた時に間接的に知り合ったのが最初だと思います。

人望のある熱い男であるところ

がんちゃんはとにかく人望があります。自分から360度のどの方向にも配慮があります。彼自身の正直さと、誠実さの積み重ねを感じています。その結果、彼の人望が築かれたのだと思っています。

そして、熱い!普段そんな風に思わせませんが、感動して、感極まって、すぐに泣いてしまう印象があります。思い出すと、とても面白いのですが、大阪のなか卯で二人で男泣きした日を忘れることができません。きっと端から見た人はびっくりしますよね。なか卯で男二人が泣いていたら。

発言の中に、敏感な領域をケアする配慮とあたたかさ、静けさを感じるところ

がんちゃんを尊敬しているのは、彼が発信する時の『雰囲気』と『言葉の使い方』です。

彼の発信には、なるべく人のことを傷つけないように、敏感な領域に触れないように、敏感な領域を侵さないようにする配慮があります。もしくは、敏感な領域に触れたとしても、敏感な領域をケアするような配慮と温かさ、静けさがあります。

人にはいろんな敏感な領域があります。人の心を動かす時に、その敏感な領域に触れること、刺激的な言葉を用いることで人を動かす、という手法は昨今では用いられがちです。その行き過ぎた例が、炎上マーケティングと言われるものです。ぼくもやってみたことはありますが、結果、あまり好きではないことがわかってやめました。

本当に冷静になって熟考してみた時に、本当にそのような手法を用いることは人間として正気なのか、ということです。

各々各自の判断で良いと思いますが、少なくともぼくは「正気ではない」と思うタイプの人間に変化することになったので、やめました。それを行うことで人気が出たり、特定の人から支持されやすくなるかもしれませんが、自分が人として正気だと思えないことはやりません。

自己批判的な発言、他者批判的な発言をせずに、「感想を述べること」を主軸に発信しているところ

他者批判はわかりやすく人を指摘したり攻撃したりすることなので、わかりやすいと思いますが、「自己批判的な発言をすること」も、その一つに挙げられます。

自己批判的な発言をすること、自身のことを指摘するような発言をすることで、似たような傾向のある人もダメージを受けます。「私のことを言っているのかもしれない」と傷つけてしまうわけです。自己卑下も他者批判もコインのように表裏一体です。そのコインが生まれないままの状態で生きることも可能です。

感想を述べることを主軸に発信することは、人を傷つけたくないから、人に好かれたいからやるのではありません。「情けは人のためならず」といった言葉がありますが、細かなことも回り回ってやがては自分に巡ってきます。これらをやめることは自分自身を労わること、自分を大切にすることであり、最良の選択の一つです。

「人に何かをされている」感じのする時、それは「過去に自分が人にしてきたこと」である場合が多いです。自分がやってきたことを、されていると感じる場合が多いのです。つまり、これは、巡ってきています。

これは日々実践してみると、なかなかに難易度の高い選択なのが分かります。常に内観し、身体的反応と傾向、行為の意図に気づいている必要があります。それは「一度分かったから終わり」という類のものではなく、毎瞬のことです。過去や未来のことではなく、常に「今」のことです。何度も何度も繰り返し気づいている集中力や忍耐力を必要とします。

綱渡りのようなもので、バランスを保ちながら、一歩一歩足を進めていく。右(自己卑下)に落ちたり、左(他者批判)に落ちたりします。それは起こることですが、起こったとしてもそこで自己卑下することなく、右に落ちても左に落ちても、また再度綱に帰ってくることが、なによりも大切です。自己卑下も他者批判もしない生き方があり、してしまったとしても再度気づいたら、やめる。その繰り返しです。

がんちゃんは、何気無い発信の中で、多くの注意をそのことに傾けている人だと思っていて、そのことを非常に尊敬しています。

安心感のある日々を感じるところ

がんちゃんの発信は、日常で起こったこと、体験したこと、通り過ぎてしまいそうになる些細なことを面白く発信していることが多いです。そこから伝わってくるのは、『安心感のある日々』です。

「世の中を良くしたい」とか、「人のためになることをしたい」と思った時に、「安心感のある日々」を発信することは最良の選択の一つです。「安心感のある日々」を見ることで、それだけで見た人が安心します。

また、誰かが「自分も安心感のある日々、楽しい日々を送りたいな」と思うのも良いことです。満たされている日々を送るには、「今、何に満たされていないのか」ということに気づく必要があります。

それは、人から指摘されることよりも、自分で気付いて、自ら変わっていった方が良いことです。見る人から見れば、何に満たされていないかははっきりとわかるものですが、それを指摘されて「はい、そうです」と素直に認められる人は少ないです。まず、ほとんどの場合、指摘されることに抵抗が生まれて、咄嗟に「そうじゃない」という態度をしがちです。

ですから、「安心感のある日々」を発信することは、人の過ちを指摘したり、不足感を露呈させて人を動かそうとするよりも、優しく穏やかに人を動かします。人の為になりたいと思った時、姿勢や態度で見せ、相手が自然に変わるまで待つこと、変わるスペースをつくることは、長期的に見れば、「変われ」と指摘することよりも、何倍も変化を促す効果のあることだと思います。

がんちゃんは、そのような姿勢、態度を保ち続けている人です。尊敬しています。

岩本勝志さんのFacebook

まとめ

尊敬している人、尊敬している部分を書き出してみました。なかなか自分でも興味深いことがたくさんありました。自分が人生でなにを大切にしているのかも再確認しました。

本当はもっと書きたい人がいるのですが、今日はこの辺にしたいと思います。今日も読んでいただいて、ありがとうございます。