ぼくが尊敬している人と特徴や理由を書いてみた。

最近、めっきり昼夜逆転の生活を送っています。それまでは22時から2時の間は寝ていたいと思っていて、その理由が「成長ホルモンが出るから」ということでした。ぼく今29歳。どれだけ成長したいんだ。

あと、「規則正しく決まった時間で動く生活をしたい」という欲求からくるものもありました。その欲求がある程度満たされたので、やめて、無我夢中でやりたいことをやり続ける生活に移行しました。これもまた面白いサイクルですね。

こんにちは、まさゆきです(^^)

尊敬している人っていますか?

さっそく本題に入りますが、尊敬している人っていますか?人のことを尊敬するって気持ちの良いことです。他者の中に美しさや尊さを発見することは、人生の楽しみの一つであると思います。

尊敬している人の特徴

人間的に素晴らしい人であること

この記事を書いていて思ったことでもあるんですが、まず第一に、とにかく人間的に素晴らしい人だということが挙げられます。どんなに卓越した技能や実力を持っていたとしても、どんなに素晴らしい実績があったとしても、人間的に素晴らしい人じゃないと、少なくともぼくは尊敬しないんだなって感じました。

「人間的に素晴らしい」というのは主に4つの要素です。

1、寛容さ
2、思いやり深さ
3、他人が行っていることに対しての理解力の深さ
4、安心感

といった要素です。それも表面的なものや見せかけのものではなくて、にじみ出てくる感じが好きなんだなって思いました。これはあくまでも「みんながそう思う」のではなくて、ぼく自身がそう感じるという主観的なものです。

「結果」は、ある程度継続してやり続け、できるまでやれば、相応のものが手に入ります。特定の結果を手にする力や、継続力、忍耐力、努力はもちろん大事です。

「手にするまでやる」と決めているのならば、どうせ結果を手にするのならば、その過程で「どのような人間であるか」ということを大切にしていきたい、と考えている人間です。

独自の意見を持ち、他者の意見を興味深く考察できること

その人なりの意見を持っている人を尊敬しています。自身のビジョンと、「私はこう思う」という意見を持っている人ですね。

そして、その意見を基準にして、「正しい」とか「間違っている」ということではなく、自分とは違う意見を興味深く考察できる器の大きさがある人を尊敬しています。

一つ以上の技能に長けていること

人間性や独自の意見に加えて、技能や能力がある人を尊敬しています。

それは「多くの人に認められているかどうか」といったことはあまり関係がありません。「ぼくがすごい技能を持っているか持っていないか」という主観的な判断によるところです。一般的なところでいう成功とか、実績、名誉などではないところで尊敬するかどうかを決めています。

尊敬している人とその理由

[aside type=”normal”]これから尊敬する人と尊敬する理由を書いていきます。それはあくまでも「ぼくが勝手に感じている印象」であるということをご了承ください。極論を言えば、ご本人とは何も関係がありません。[/aside]

ピアニストの長田舞子(木山舞子)さん

piano

ユーモア、あたたかさ、柔らかい人当たり、人に優しいところ

彼女の発言は、ユーモアがあってあたたかいです。面白いことが好きで、興味深いことが好きな印象を持っています。

お会いすれば、人当たりも柔らかくて、優しい人です。人間ってにじみ出てるものがあります。「いろんなしんどさを知ってるからこその人間的な暖かさ」みたいなものを長田さんからは感じます。例えば、レッスン生を暖かく辛抱強く見守ってレッスンしている風景が容易に思い浮かぶ人です。

シビアな目線な持っているところ

めちゃくちゃシビアな目線を持った人でもあると思います。やはり、なにかを長年続けてきて、相応の能力や実績を築いてきている人です。人からの信頼や期待に答えてきた誠実さを感じています。

それでも、だからこそ、人に優しい人なのだと感じています。

多くを語らないところ

ピアノに関して、「多くを語らない人なのかな」という印象を持っています。いろんな技能のある人を見てきて、卓越した技能のある人の多くはそういう人が多いですね。姿勢、態度、演奏を聴いて欲しいと思う方なのかもしれません。彼女もまたそのような人の一人だと思います。

個人的には、プロの視点って非常に勉強になることが多いので、もっと知りたいと思っています。セミナーなどがあるのなら、その経験談や、お話を聞いてみたいものです。

かっこいいところ

それと、めちゃくちゃかっこいい人です。ピアノを弾いている時と、弾いていない時の雰囲気が本当に違って驚きます。コンサートやリサイタルに行って、それを感じてみてください。

樋口紀美子先生の門下生であるところ

長田さんのピアノの先生の樋口紀美子先生のコンサートに行ったことがあります。長田さんのこともそのコンサートで知りました。

樋口紀美子先生も本当に素晴らしいピアニストです。とくに樋口紀美子先生のピアノは凄さの奥深さが計り知れないほど凄いというか。「聴いている」のに、「内から起こってくる」感じがするのです。そんな経験は初めてでした。抽象的ですが。

樋口先生のお弟子さんでいるってことも、めちゃくちゃ凄いことだと思うんですよね。樋口先生のお弟子さんには、本格的にピアノの道を歩んでいないとなれません。なにを見て、どのように感じているのか、その視点が非常に興味深い。

お二人のプロフェッショナルさに触れて、なにか一つ以上のことでプロフェッショナルとして活躍されるのは、本当にかっこいいことなのだと再確認しました。何度でも聴きたいですし、これからも応援しています。

フランスに10年留学していた経験を持ちますし、実績と実力、人間性ともに素晴らしい人なので、ピアノを習うなら長田さんがおすすめです。

長田舞子さんのブログ「ピアニストMaikoのブログ ~ Comme un rosier fait des roses~」

ウェブデザイナーの原美穂さん

人のために行動されているところ

ウェブデザイナーの原さんとは、とあるコミュニティに参加していた時に出会いました。そこでの印象は、「人のために行動できる人だなあ」という印象でした。様々な人が技術的な質問をする投稿があったのですが、それに対して一つ一つ丁寧に応答をされていました。それは原さんがしなくてもいいことですが、自分の主義主張をアピールするわけでもなく、率先して応答をしていたのが印象的でした。素晴らしい人だなあと感じました。

簡潔なところ

原さんのブログやメルマガをよく拝見していますが、原さんの言葉はいつも簡潔です。無駄がない。無駄がない言葉を使える人は、頭の中が本当によく整理されている人に多い傾向があります。「非常に仕事のできる人」という印象です。

ぼくはよく自分のブログのことで悩んだら、必ず原さんのブログを見に行きます。原さんのブログからそのまま真似をしていることも多いです。原さんのブログは簡潔ですし、わかりやすいです。

そして、「言葉が少なくなる」と、誤解を受けやすかったりするのですが、人にどのような印象をもたれても、あまり気にすることのない人なのかなという印象です。「私は私で、私は私のやるべきことをするだけ」という凜とした意志の強さ、芯の強さが見える人です。かっこいい人です。

シビアで、根性のあるところ

原さんはとにかく努力家な印象で、目線も非常にシビアです。仕事のできる人って大抵がそうですよね。

また、どんなことがあっても、「なにくそ!」という根性で結構頑張れてしまう人なのかな、と思っています。

技術や行為中心の発信が多く、マインド中心ではないところ

技術というのは「スキル」です。行為というのは、「スキルを習得したり、スキルを使用すること」という表現が近いです。マインドというのは、「成功者はこう考える」という自己啓発的なものです。

ぼくは「成功者はこう考える」などの話があまり好きではありません。必要なマインドは、スキルを習得したり、行為を続けていく上で自然と必要なものは培われ、残ります。必要でないものは流れて消えていきます。

仮に「成功者」がいるのだとしたら、「成功するまで続ける」だけだと思いますし、それはマインドではなく、「続ける」という行為ですから。あとは続けていく中で日々、モチベーションの変化や、体調の変化などを景色を楽しむようにして、毎日見ていくだけです。

原さんからは、それに近いニュアンスのものを感じていて、好感を持っています。

基礎の素晴らしさに理解がある人

ぼくはどんな分野でも基礎が好きです。また基礎を繰り返し何度でも行うことが好きです。その理由は「基礎」には先人たちが残したすべてが詰まっているからです。基礎は、感性や経験が蓄積した鉱物のようなものです。例えるなら原油のもとだったり、石油になったりする、爆発的なエネルギーの結晶体のようなもの。それを自分なりに繰り返し繰り返し使って実際のエネルギーとして使っていく作業が、基礎訓練、基礎練習です。

基礎を大切にすることは、先人たちの経験や感性をも大切にすることだと思っていて、基礎を大切にする人を尊敬します。

原さんも基礎を大切にする人なので、尊敬しています。

子育ての仕方が理想的であること

原さんはお子さんがお二人いらっしゃるのですが、お子さんに対する教育の仕方が素晴らしいと思っています。お子さんは剣道をされていて、素振りを毎日1000回させるなど、基礎の素晴らしさを徹底的に教えているところです。お子さんを忍耐強く見守るのもたくさんのエネルギーを必要とします。自身のお仕事もしながら、家族のことも見守っている素晴らしい人です。

原さんのお子さんは将来、原さんにとても感謝するのではないか、と、いつも思っています。

プロフェッショナルで、安心感のあるところ

ぼくがウェブデザインを習うなら原さんに習います。原さんはウェブデザイン講座も主催をされていて、ご自身の知恵や経験、ノウハウをお弟子さんに教えています。その講座は198、000円です。

原さんと何回かメッセージのやり取りをさせて頂いた時に、「高いですよね」と言われましたが、ぼくは原さんの講座でその値段は「高くない」と思っています。

「高くない」と思う理由は、3つです。

(1)収入の入る仕事に直結するところ

受講生にそれなりのスキルが身についてくれば、受講生に仕事を任せてくれるそうです。むしろ、自分が忙しいから、はやく任せたいと思っているそうです。そして、原さんなら実際に任せてくれるんだろうな、という安心感があります。

(2)元がとれる講座であるところ

(1)にも関係していますが、50万とか100万、200万を払ってもそれだけでは元が取れない講座は世の中にいくらでもあります。人生の勉強代としては為になりますが、世の中には不思議なことにそういう講座はたくさんあります。

それは多くの場合、技術を習得するだけで肝心の集客の仕方や、仕事の取り方を教えてくれないからです。自分で仕事をしていく時、最初は本当に「集客」と「仕事の取り方」に苦労します。

原さんの講座は集客と仕事の取り方を教えてくれる講座ですし、そういう元の取れない講座ではないです。

ぼくは「仕事の取り方」には自信があるので、「出会いの絶対値を増やすための集客=ブログなど」を学んでいる最中です。原さんの講座ではどちらのことも教えてくれます。

(3)原さんが「人を大切にする人」であるところ

原さんはとにかく「人を大切にする人」だと思います。うまく伝えるのが難しいんですが、愛情深い人という表現が近いかもしれません。「お子さんを熱心に指導する姿勢」と、「受講生の目標達成の為に尽力する雰囲気」が、とても似ている気がしています。先生として厳しい人であるとは思いますが、その姿勢が何より信頼に値する印象があるのです。

これらがプロフェッショナルで安心感がある、ということに直結します。

在宅、自宅で仕事をしていきたい方におすすめの講座です。ブログやメルマガもおすすめします。

原美穂さんのサイト「Riry Design Labo」

友人の岩本勝志さん

岩本勝志さん(あだ名:がんちゃん)との出会いは、20代前半に知人のセミナーに出向いた時に間接的に知り合ったのが最初だと思います。

人望のある熱い男であるところ

がんちゃんはとにかく人望があります。自分から360度のどの方向にも配慮があります。彼自身の正直さと、誠実さの積み重ねを感じています。その結果、彼の人望が築かれたのだと思っています。

そして、熱い!普段そんな風に思わせませんが、感動して、感極まって、すぐに泣いてしまう印象があります。思い出すと、とても面白いのですが、大阪のなか卯で二人で男泣きした日を忘れることができません。きっと端から見た人はびっくりしますよね。なか卯で男二人が泣いていたら。

発言の中に、敏感な領域をケアする配慮とあたたかさ、静けさを感じるところ

がんちゃんを尊敬しているのは、彼が発信する時の「雰囲気」と「言葉の使い方」です。彼の発信には、なるべく人のことを傷つけないように、敏感な領域に触れないように、敏感な領域を侵さないようにする配慮があります。もしくは、敏感な領域に触れたとしても、敏感な領域をケアするような配慮と温かさ、静けさがあります。

人にはいろんな敏感な領域があります。人の心を動かす時に、その敏感な領域に触れること、刺激的な言葉を用いることで人を動かす、という手法は昨今では用いられがちです。その行き過ぎた例が、炎上マーケティングと言われるものです。ぼくもやってみたことはありますが、結果、あまり好きではないことがわかってやめました。

本当に冷静になって熟考してみた時に、本当にそのような手法を用いることは人間として正気なのか、ということです。各々各自の判断で良いと思いますが、少なくともぼくは「正気ではない」と思うタイプの人間に変化することになったので、やめました。それを行うことで人気が出たり、特定の人から支持されやすくなるかもしれませんが、自分が人として正気だと思えないことはやりません。

自己批判的な発言、他者批判的な発言をせずに、「感想を述べること」を主軸に発信しているところ

他者批判はわかりやすく人を指摘したり攻撃したりすることなので、わかりやすいと思いますが、「自己批判的な発言をすること」も、その一つに挙げられます。

自己批判的な発言をすること、自身のことを指摘するような発言をすることで、似たような傾向のある人もダメージを受けます。「私のことを言っているのかもしれない」と傷つけてしまうわけです。自己卑下も他者批判もコインのように表裏一体です。そのコインが生まれないままの状態で生きることも可能です。

感想を述べることを主軸に発信することは、人を傷つけたくないから、人に好かれたいからやるのではありません。「情けは人のためならず」といった言葉がありますが、細かなことも回り回ってやがては自分に巡ってきます。これらをやめることは自分自身を労わること、自分を大切にすることであり、最良の選択の一つです。

「人に何かをされている」感じのする時、それは「過去に自分が人にしてきたこと」である場合が多いです。自分がやってきたことを、されていると感じる場合が多いのです。つまり、これは、巡ってきています。

これは日々実践してみると、なかなかに難易度の高い選択なのが分かります。常に内観し、身体的反応と傾向、行為の意図に気づいている必要があります。それは「一度分かったから終わり」という類のものではなく、毎瞬のことです。過去や未来のことではなく、常に「今」のことです。何度も何度も繰り返し気づいている集中力や忍耐力を必要とします。

綱渡りのようなもので、バランスを保ちながら、一歩一歩足を進めていく。右(自己卑下)に落ちたり、左(他者批判)に落ちたりします。それは起こることですが、起こったとしてもそこで自己卑下することなく、右に落ちても左に落ちても、また再度綱に帰ってくることが、なによりも大切です。自己卑下も他者批判もしない生き方があり、してしまったとしても再度気づいたら、やめる。その繰り返しです。

がんちゃんは、何気無い発信の中で、多くの注意をそのことに傾けている人だと思っていて、そのことを非常に尊敬しています。

安心感のある日々を感じるところ

がんちゃんの発信は、日常で起こったこと、体験したこと、通り過ぎてしまいそうになる些細なことを面白く発信していることが多いです。そこから伝わってくるのは、「安心感のある日々」です。

「世の中を良くしたい」とか、「人のためになることをしたい」と思った時に、「安心感のある日々」を発信することは最良の選択の一つです。「安心感のある日々」を見ることで、それだけで見た人が安心します。

また、誰かが「自分も安心感のある日々、楽しい日々を送りたいな」と思うのも良いことです。満たされている日々を送るには、「今、何に満たされていないのか」ということに気づく必要があります。それは、人から指摘されることよりも、自分で気付いて、自ら変わっていった方が良いことです。見る人から見れば、何に満たされていないかははっきりとわかるものですが、それを指摘されて「はい、そうです」と素直に認められる人は少ないです。まず、ほとんどの場合、指摘されることに抵抗が生まれて、咄嗟に「そうじゃない」という態度をしがちです。

ですから、「安心感のある日々」を発信することは、人の過ちを指摘したり、不足感を露呈させて人を動かそうとするよりも、優しく穏やかに人を動かします。人の為になりたいと思った時、姿勢や態度で見せ、相手が自然に変わるまで待つこと、変わるスペースをつくることは、長期的に見れば、「変われ」と指摘することよりも、何倍も変化を促す効果のあることだと思います。

がんちゃんは、そのような姿勢、態度を保ち続けている人です。尊敬しています。

岩本勝志さんのFacebook

まとめ

尊敬している人、尊敬している部分を書き出してみました。なかなか自分でも興味深いことがたくさんありました。自分が人生でなにを大切にしているのかも再確認しました。

本当はもっと書きたい人がいるのですが、今日はこの辺にしたいと思います。今日も読んでいただいて、ありがとうございます。