宗教学を学ぶ5つのメリットと1つのデメリット

こんにちは、宗教学研究者の藤田です^^。

ぼくは宗教学を学び、研究しています。

こちらの記事も合わせて読んでいただけると理解が深まります。

宗教学とは? 宗教学が完成されづらい学問である4つの理由

今回は、宗教学について学ぶメリットとデメリットについて書いてみたいと思いました。これはぼくが宗教学について研究し始めたきっかけでもあります。

宗教学を学ぶ5つのメリット

二世信者の傷が癒える

ぼくは二世信者です。(現在は無宗教者です)

二世信者というのは、親が宗教をやっていて、小さい頃から教育などで、宗教が身近にある人のことを言います。

二世信者は複雑な葛藤を抱えることが多いです。

とくに問題となりやすいのは、感情をあるがままに表現(怒ったり、笑ったり、悲しんだり、など)することを学ぶべき時期に、「正しさ」や「道徳」を叩き込まれることだと考えています。

ここは矛盾と葛藤を覚えやすい部分です。

感情的に成長できなかった面で、大人になってから生きづらさを感じる可能性が高いです。

あなたがもし、二世信者ならば、宗教学を学び、客観的に宗教を捉えられるようになることで、傷が癒える可能性が高いです。

  • 親に教えられた「正しさ」や「道徳」が一体なんだったのか分かる
  • 幼少期の出来事を思い出して、感情的な解放が起こる
  • 是々非々に学ぶことで、親を一人の人間だと認識できて、許せるようになる

これが1つ目の宗教学を学ぶメリットです。

不思議体験をしている仲間と出会える

多くの場合、聖書、聖典、経典、教典などに出てくる物語や、登場人物である「覚者」と呼ばれる人々は、不思議な体験をしている人が多いです。

現代にも存在しているインドの覚者、イスラム教神秘主義スーフィーの覚者など、いろんな不思議な体験をしています。

もしあなたが、小さい頃から不思議な体験を経験することが多かったなら、自分に近しい体験をした人物と出会えるかもしれません。

自分や他人の考え方の傾向や特徴の「ルーツ」を知ることができる

何気なく考えていることや、何気ない価値観が、実は「宗教的価値観を基にして出来上がっていた」ということは多いです。

地域の風習だったり、土着信仰も関係していたり。

それが何千年にも渡って、「血」や「何気ない習慣」として刻まれているのです。

今のぼくたちからすこしずつ遡ってみると、戦後に導入されたのはアメリカのキリスト教的価値観です。

キリスト教的価値観で有名なのは、「一夫一妻制」ですね。明治の初め頃までは日本も一夫多妻制でした。

「夢」「目標」という概念も、キリスト教的価値観の中から「神性」を取り除いて、一般化されたものだと考えています。

このように「神性」を取り除いて一般化された価値観はわりと多くみられます。

それより少し前、明治以降に強く推されるようになったのが、儒教的価値観です。

儒教的価値観の中には、「目上の人を重んじる」「礼儀を大事にする」「仁義」などを挙げることができます。

この「儒教」も、

  • もともと日本に持ち込まれ、独自に発展してきた仏教的価値観
  • 仏教と同時期に入ってきた陰陽道
  • 「哲学的な仏教」によって輪郭がはっきりとしてきた「哲学的ではない神道」

これらも下地になって、「日本式の儒教」になっています。

明治より少し前の徳川の時代に遡ると、陰陽道が徳川幕府の中で一定の力を持っていたとされています。明治に移る時に解体されたのですね。

儒教、道教、仏教は、中国で競い合って発展してきた歴史があります。陰陽道もここに入ります。

仏教は、インドのバラモン教(ヒンドゥー教)を否定して出来た宗教です。

「ヨガ」も、もともとはバラモン教内の悟りのための修行法であるヨーガ・スートラを起源としています。瞑想のための身体づくり(アサナと言われるポーズ)がエクササイズ化したものですね。

発展してきた関係上、それぞれに似ているところと、異なるところがあります。

こういった傾向を歴史を遡って知ることができます。それはぼくたちが何気なく関わっているもののルーツです。

自分だけのオリジナリティーだと思っていた価値観や考え方が、まったくオリジナルではなく、ただの「既製品」の組み合わせだと知ると、いろんなことが面白くなります。

ぼくたちは、「私が考えている」と思いがちですが、「歴史」や「場」などにものすごく影響を受けていて、昔から脈々と受け継がれている傾向、大きな流れによって「考えさせられている」という可能性があります。

「歴史がぼくたちをしている」「場がぼくたちをしている」かもしれないっていう風に考えさせれることは、非常に興味深いことです。

ぼくたちの考え方や価値観のルーツを知り、こういう風な視点で考えられるようになることが宗教学を学ぶメリットです。

国際的な教養を身に付けることができる

海外の方は何らかの宗教を信仰しているのが一般的です。

信仰の上に社会が成り立っています。

しかし、話を聞いていくと日本ほどガッチリしたものではありません。日本人は宗教を真面目すぎるくらい真面目に捉えてしまっています。

お互いの価値観の話になった時に、「あなたはどんな宗教を信仰しているの?」という話になることがあります。

海外の方と話す時に「なんとなく無宗教です」「宗教が嫌いだから」だと、宗教に関する話題でコミュニケーションに入ることが出来ませんし、嫌悪感を示される場合も多いです。

無宗教でも問題ありませんから、それならば「なぜ無宗教なのか」を明確に話せるようになることは国際的な教養であると考えています。

宗教学を学ぶことで、各々の宗教の特徴も交えながら、「なぜ無宗教なのか」「無宗教ではあるけれども、何に親近感を抱き、何に違和感を覚えるのか」を説明できるようになります。

ご年配の「深い知識と知恵」を持っている方と親しくさせていただける機会が増える

若い人にとってはタブー視される傾向にある宗教でも、年齢層が上がり、ご年配の方はまた違った視点で宗教を見ています。

日本人的暗黙の了解の中で積極的に話そうとはされませんが、静かに心に決めた宗教や宗派を信仰している場合があります。

そういった方は、自身の信仰について、経験的な深い知恵から、盲目的ではなく、冷静に話してくださることが多いことを知りました。

何事もそうですけど、深く学ぼうと思えば、その学問の歴史を辿ることになります。

哲学も、音楽も、美術も、文学も、数学も、その背景には宗教があることが多く、宗教と切り離すことはできません。

よって、その分野に精通している人というのは、宗教学に近いところに触れている場合が多いのです。

学識、専門的知識、社会的地位、人生経験も富んだ方ばかりだったりするので、ぼくみたいに若い奴が学んでるというと、面白がって、いろんなことを教えてくださったりします。

人間的にも多くのことを学ばせていただけますし、成長します。

そのような人生の大先輩方と、コミュニケーションやお近づきになるきっかけとして、宗教学は使えます。笑

宗教学を学ぶ1つのデメリット

宗教学を学ぶデメリットはあまりないと思うんですけど、強いて言えば1つだけあります。

宗教的な価値観が自分の中に入ってきて、影響される

宗教的な価値観が自分の中に入ってきて、宗教的な価値観に影響される。これはあるかもしれません。

これが嫌な場合は学ぶことはできませんよね。デメリットです。

ぼくの場合は、二世信者ということで、小さい頃から仏教の「法華経」に触れていました。

なので、小さい頃の頭の柔らかい時期から宗教に触れていますので、無意識レベルで影響を受けていると思いますし、もう手遅れです。笑

ある意味では、宗教学を学ぶ土壌ができていて、良かったのかもしれませんね。笑

宗教学を学ぶこと、研究することは楽しいです。もし、ぼくが二世信者ではなくて、宗教とは距離のある、宗教に抵抗のある価値観であれば、この楽しさを知ることはできませんでした。

幼少期から宗教に関わることは辛いこともたくさんありましたが、大人になってから数々のトラウマを乗り越えて、宗教を冷静に見れるようになったことは、ぼくの人生の中での最高の出来事の一つです。

そういった点では、幼少期から宗教に関わらせてくれた親に感謝しています。

まとめ

宗教学を学ぶことのメリットを5つ、デメリットを1つ、書いてみました。

メリットだと思うことは5つです。

  1. 二世信者の傷が癒える
  2. 不思議体験をしている仲間と出会える
  3. 自分や他人の考え方の傾向や特徴の「ルーツ」を知ることができる
  4. 国際的な教養を身に付けることができる
  5. ご年配の「深い知識と知恵」を持っている方と親しくさせていただける機会が増える

デメリットだと思うことは1つです。

  1. 宗教的な価値観が自分の中に入ってきて、影響される

ということでした。

今回はここまで。またねー!